時代と共に常識と非常識が逆転する?

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あるお笑いタレントさんが

「常識を知っているから、その裏返しのお笑いが成立するんだ」という意味のことをおっしゃてた、と聞いたことがあります。

「オチ」で笑う、というのは
常識で考えれば、右なのに、オチが左なので、笑ってしまう、ということだと思います。

幼少から「新喜劇」を見て大笑いしていましたが、

「どっからでも、かかってこんかい!
 こう見えても、空手?**段やど!」

「え~?」

「通信教育やけど!」~(どっかーん)

典型的な故岡八郎さんのギャグですが///

「通信教育では、空手は学べない」
「空手の知識は身についても実践力がない」

などの「常識」を知っているから「んな、あほな!」と笑える。

もし、通信教育でも空手の実践力が身につく、と信じていれば
このギャグの面白さが分からず
「あたりまえやん、何が面白いの?」
となってしまいます。

上述のお笑いタレントさんの話は「痛烈な皮肉」なんですよね。

最近、常識が分からない、知らない人が増えた、と。

確かに「非常識」の前に「常識」があります。

常識ある人から見た非常識な人に

「非常識!」と叱っても

そもそも「常識」を知らないから響かないのです。

「常識人」は、そうして「非常識人」を批判します。

ところが・・・。

「常識」は時代と共に変わるんです・・・。

過去は「非常識」とされていたことが「常識」と、逆転することもある。

そんなとき「常識」と思っていること自体「非常識」と笑われ、気付かず、いや、気付きたくなく「ガンコオヤジ」扱いされていく。

トンチのようですが(笑)

なんとなく、年を取る、という別の側面を感じ始めている今日この頃です。

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